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| 2012.10.05 - Fri  |  滴。 |

ふと気が向きました。


蝉が一匹、遠くで鳴いている。
みんみんと甲高く鳴く声は夏を想起させるが、夕暮れの中で孤独に鳴く声はどこか泣き声に似ている。

「みーんみんみんみん…」

なんとはなしに蝉の鳴き声をなぞる。
半開きになった口から出る声はひどくか細く、葉擦れにすらかき消されていく。

「みーんみんみんみん…」

声はさらに細くなり、やがては自分でも聞こえなくなった。
唇だけが僅かに震え、蝉の鳴き声と自分の鳴き声が混ざるような錯覚を起こす。

みーんみんみんみん…

蝉が鳴く。俺が鳴く。
まるで自分が蝉になっていくかのようだ。
混ざり合っていた鳴き声に嗚咽が混じる。気付けば自分の頬には涙が伝っていた。
嗚咽は次第にひどくなり、俺はみっともなく泣き声をあげた。



悲報が届いたのは満月の夜だった。
屋根の上から満月を眺めるのが好きだった俺は、その夜もいつも通り屋根にシートを敷き、その上に寝転がって空を眺めていた。
星座なんてわからないけれど、墨にビーズをばらまいたような美しい空がとても綺麗で、その光を見るだけで俺の心はいつも満たされた。
その日は特に、濃い暗闇の中に大きなまんまるの月が煌々と輝く良い月夜だった。
夜空を見るときには必ず傍らに徳利を置き、猪口になみなみと注いだ酒をくいっと呷るのが常であり、その日も例外ではなかった。
月見酒ほど美味い酒の飲み方はないとは親父の持論であり、俺もそれには同意した。月を見ながら飲めば、必ず気持ちの良い酔い方が出来るのだ。
まだ16の子どもではあるが、酒の味は13の頃に初めて親父に教わった。それ以来週に1度は親父と酒を酌み交わすようになった。
駄目な親父であり、駄目な息子だった。けれど、前に一度親父と縁側で酒を酌み交わしたときに言われた言葉はよく覚えている。

「満月の日にはな、猪口の中に注ぐのは酒じゃあない。月の滴だ。あの静かに煌々と光る月から授かる、命の水だ」

だからよぉく猪口に光を落とすんだ、と言った親父は穏やかに微笑んでいた。
子どもながらにそんなことがあるもんかと口で言ったが、その反面、そんなことがあればいいなと思っていた。
親父は俺に苦笑を向けてから、片手でぽんぽんと俺の頭を撫で、もう片手に持った酒を呷った。
その日のことを思い出しながら、満月を見上げていた。

「…………」

猪口に酒を注ぎ、中を覗き込む。
絶えず波紋を立てる水面に、金色の光が反射する。

「月の滴、命の水、ね」

成長した今では完全に夢物語だと思っている。けれど、今でも月見酒に興じるし、不思議と美味く感じるものだ。
風情というものは大事だねぇと口の中で呟き、何杯目かの酒を呷る。
ああ、美味い。
まったく、本当に酒はどうしてこんなに美味いのか。
ふうと息をつく。猪口を盆に置き、徳利から酒を注ぐ。
これであと1杯くらいしかないかな、などと酒を注ぎながら考えていた時、母の悲鳴のような怒号のような、不思議な声が聞こえた。
何事かと思い、部屋に戻ろうと屋根の上を歩いて窓の近くまで行った時、不意に窓が勢いよく開けられ、間髪いれずに母が身を乗り出してきた。

「母さん。どうしたのそんなにあわて、て……」

母は見たことのない顔をしていた。
顔をくしゃくしゃに歪めて、むき出しにした歯を食いしばり、目からは涙がとめどなく溢れていた。
ただ事ではない雰囲気に、俺は息を呑んだ。そんな俺に向けて、母は唇を震わせ、涙声で告げた。

「お父さんが、事故にあったって」
「――――え?」
「轢き逃げで、そのまま…発見が遅れて、お父さんは、もう」

そこまで言って母は泣き崩れた。
俺は呆然と立ち尽くしたまま母を慰めることも出来なかった。



その日から、俺の周囲は慌しく過ぎ去った。
病院に行って、親族に連絡をして、葬儀を行って……何もかもが早送りに思えた。
まるで心だけを置いてきぼりにして、身体だけが動き回っているようだった。
母は俺とは違って、日々立ち直っていくように見えた。
親父が死ぬ前よりも明るい笑顔を見せることが多くなり、仕事にも精力的に取り組んでいた。
したたかな母だと思っていた。
けれど、夜中に一度だけ、母の部屋からすすり泣くような声を聞いたことがあった。
俺はその泣き声を聞いた時、母の心のうちを悟った。
母は決して強い女性ではなかった。親父を喪った悲しみを忘れたくて必死だったのだ。
そしてそれ以上に、俺のために必死だったのだ。
まだ16のガキを一人前に育てるために、親父と母の一番の思い出の証である俺のために、なにもかも必死だったのだ。
悟った時、母から俺はもらい泣きしそうになったのを堪え、そっと部屋を離れた。

次の日、俺は母に高校を辞めて働くと言った。
当然のように母は反対し、挙句右頬に一発だけ拳をもらった。

「お父さんが死んだからって、アンタが生き方を変える必要なんてない。自分の生き方はそんな一朝一夕に決めるもんじゃなくて、しっかり悩んで決めるもんだよ。アンタが今、働きたいと思っているのは金のためか、本当にやりたい事のなのか、きちんと考えな」

母はそう言って夕飯の支度に取り掛かった。
取り残された俺は自分の部屋に戻った。
俺はベッドに横になり、ぼんやりと天井を見上げた。
遠くで聞こえる蝉の声をなんとはなしになぞってみる。

「みーんみんみんみん……」

鳴き声に合わせて声を出していると、無性に涙が溢れてきて止まらなかった。
声を出すたびに先ほどの母の言葉が思考を占めていく。
母の言葉は、痛いほどに胸に突き刺さった。
そして、今まで自分が歩いてきた道はなんて無駄なものだったのかと思い知らされた。
母が俺のために必死になっているこの瞬間にも、俺は何も出来ない。
働くことも出来なければ、家事をしたことすらもなかった。
自分の無力さが悔しくて、自分が惨めで、俺は思いっきり泣いた。
母に声が聞こえることのないように枕に顔を埋めて、声を上げて泣いた。

母の作ってくれた料理を食べ、部屋に戻って勉強をして……何も変わらない日を過ごす。
ふと思い立って、酒取りに台所へ向かった。
いつものように徳利に注ぐことはせず、猪口に注いで自分の部屋に戻る。
その日は奇しくも父が死んだ日と同じく満月だった。
猪口に注いだ酒に月を映す。

「命の滴。これは、親父の命……」

歯を噛み締めて、くっと口角を上げる。

「親父、俺はまだまだ半人前だ。いや、それ以下だ。何一つ、母さんを助けちゃやれない。けどな、少しずつでも二人で前に進んでいくよ。二人が誇れるような息子になるよ。でも、ずっとずっと時間がかかると思う。
 だから親父、俺にその命をくれ。そして俺の中で生きて、俺たちを見守っていてくれ。ずっとじゃなくてもいい。せめて、俺たち二人が親父の事を懐かしめるくらい強くなるまで、俺の中で生きていて欲しい。頼む」

震える手で猪口を手に取り、一気に呷る。
何週間ぶりかに飲む酒は少しだけ苦くて、けれど心地よい火照りを与えてくれた。
一息ついてから頭を振る。俯いていた顔を上げた時、いつもと違う世界が見えた。
目元を乱暴にぬぐって、ゆっくりと腰を上げる。

俺はこれからも生きて、親父以上に頑張らなければなのだ。
たった今親父に宣言したのだ。だから、俺はやらなければならない。

一つ息を吐く。決意を固めると、少しだけ覚束なくなった足に力を入れて一歩踏み出す。
そのまま俺は、静かに部屋を出た。
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まとめ【滴。】

ふと気が向きました。

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